プロローグ:ようこそプック!

舞台はマルフェット通りのエトワール商店街にある小さなおもちゃ屋さん、

ここ「ジャンポール トイショップ」には街で評判のぬいぐるみ職人夫婦が住んでいる。

店主の名前は、お店の名前でもあるジャンポール・ブラン 。

ご先祖様から伝わるありがたい名前を受け継いでいる。

奥さんの名前はニナ・ブラン。現代の魔女と噂をされる不思議な魅力の持ち主だ。

ジャンポールは40年間銀行員として真面目に働いてきた。

家族はちょっと変わっているが、とびきり優しい奥さんのニナがひとり。

勤勉で愛妻家の彼は朝6時40分に起床、夜は6時ぴったりに帰ってくる、

時計と仲良しの生活を送っていた。

 

それは突然の出来事だった。

ジャンポールが60歳の誕生日を迎えた日、

妻のニナは自分が病気になったと打ち明けたのだ。

仕事を辞めて、夢を一緒に追いかけてほしい、

そしてなんと家族を増やしたいと言い出したのだ。

ジャンポールは雷に打たれたような衝撃を受けたが、

契約延長を求められていた銀行をすぐにやめて、住んでいるマンションを解約、

そしてその年のクリスマス、ニナの勧めもあって、

ジャンポールの故郷で幼少の頃からの夢だったおもちゃ屋さん、

ここ「ジャンポール トイショップ」を開いたのだ。

 

今ではすっかりエトワール商店街ではおなじみになったこのお店も、

開店当初は苦労した。

ジャンポールが子供のころ欲しかった物を仕入れたりしたが、

時代は代わり、今では見向きもされないものが多かった。

何か策を講じなくてはと思ったニナは、趣味で作っていたぬいぐるみに

得意の占いの無料券をつけて売り始めたところ、瞬く間に売れ、お店の人気商品になった。

占いが当たると評判になり、ぬいぐるみよりも

占いの券を求めるものもいた。

占いで忙しいニナに変わってジャンポールが

ぬいぐるみ作りを買って出たが、

意外な才能が発揮され、

技術もセンスもニナを超えすっかり有名なぬいぐるみ職人だ。

 

もうすぐ開店から3年目の節目を迎えるが、

ニナが朝食の用意をしながら切り出した。

「ジャンポール 、そろそろ2番目のお願いを叶えて欲しいんだけど…」

銀行を辞めてからも朝のルーティンを欠かさないジャンポールは、

新聞を広げて、サーカスのスター猫誘拐の記事に気を取られていたが、

ニナのいつもと違う表情にハッとして目を合わせた。

「家族を増やしたいの。覚えてる?

あれからもうすぐ3年だし、

そろそろいいかなって思うの。

私この子だ!っていう子見つけちゃったのよ!」

もともと口数の少ないジャンポールは、あっけにとられて、

ニナの嬉しそうな顔を見るだけで精一杯だったが、ニナはさらに続けた。

「実はね、今日もうすぐその子が来るの!」

「今日!?こ、子供が来るのかい?」

やっと口を開いた彼に

ニナはいたずらっぽくこう答えた。

「そう、私たちの赤ちゃんよ!」

ジャンポールは食べていたトーストを危うく喉につまらせそうになったが、

咳き込みながら何が起きているのか理解しようと努めた。

立ち上がって何かを言いかけた瞬間、玄関のチャイムが鳴った。

「はいはい!」

とニナが嬉しそうに玄関に向かうと、

ジャンポールは言いかけた言葉を飲み込み後を追った。

「おはようございます!朝早いですがぴったりのお時間にお届けにあがりました!」

ニナが嬉しそうに駆け寄ると、

訪問者は大事そうに、白くてテロンとした毛並みにぺったんこの鼻、

大きな目がパチパチとまばたきをしている子犬を差し出した。

ニナは声にならない歓喜の音を発し、その子を抱きしめると目を潤ませて言った。

「ジャンポール !!この子が私たちの赤ちゃんよ!!

わー可愛らしい子!ついに我が家に来てくれたのね!」

ジャンポールはハッとした様子で駆け寄って

子犬とニナを覆うようにハグしてこう言った。

「ニナ、君はわかって選んだのかい?

僕の大好きだったあの子にそっくりだ。

信じられない…帰ってきたかと思ったよ…」

ニナはジャンポールの感動した様子に得意げな表情で

「あら、私はこの子しかいないって一目惚れしただけよ!」

と言いながら訪問者にウインクした。

子犬もジャンポールの顔をペロペロ舐めて嬉しそうにしている。

こうして念願の家族が増えたブラン家は、

このどこか懐かしい感じのする子犬に「プック」と名前をつけた。

もうすぐクリスマス。この平和なマルフェット通りの住民は、

この小さな子犬のプックが沢山の不思議な出来事をもたらすことをまだ誰も知らなかった。