第二話「エトワールホテルへ」

夕方になるとエトワール商店街のイルミネーションが一気に点灯し、

なんとも幻想的な雰囲気を醸し出していた。名前の由来から、

星がトレードマークのエトワール商店街には、普段から大小の星の飾りがたくさん散りばめられている。

この時期はクリスマスイルミネーションと合わさって、

訪れる人が夢の世界に足を踏み入れたかのような、特別な演出がされている。

ジャンポールは来客が切れたところを見計らい、『商品の配達のため一時閉店します』と書いた紙をドアに貼り、

お店の中の連絡口を使わず、周りを見渡しながら、少し歩いて裏にある自宅用のドアから家に戻った。

「プックや、今帰ったよぉ。」

と高い声を出しながら玄関をあけると、

嬉しそうに勢いよく飛びついてきたプックをタイミングよく抱きあげ、

頬をペロペロ舐められながら居間に向かった。

ニナが笑いながら迎え入れ、

「お帰りなさい!今から配達よね?」

と聞いてきた。

ジャンポールは激しく舐め続けるプックを一旦落ち着かせると、

「そうだよ。今からエトワールホテルにぬいぐるみを届けに行くよ。」

と言い、再びプックをあやし始めた。

ジャンポールがプックに気を取られていると、

ニナはカバンにいつも使っている占いのカードや香水などを入れ、

「私もついていく!」

といいながらコートを着始めた。

ジャンポールは呆気にとられて

「いいけどプックはどうするんだい?少しの間だけど、この小さな子にお留守番をさせるのかい?」

と不安気に言うと、ニナは寒さ対策をこれでもかと施した、

ふわふわ素材の布と湯たんぽなどで詰まったスリングを持ってきて

「もう!ジャンポール 、ここはマルフェット通りよ?動物が一緒で入れない所なんて、

どこにもないのよ!プックも一緒に行きたいって!そうよねプック♪聞いたらそう言ったもの!」

と満面の笑みで言った。

「聞いたら!?プックに?」

と今言われたことに耳を疑いながらも、ニナの勢いに押され出かける準備をした。

車の後部座席に乗り込んだニナは積んである箱に入ったぬいぐるみに目をやって、

「まあ!すごいわジャンポール !どのぬいぐるみも素敵!ホテルのオーナーさんこんなに買ってくださったの?」

と聞くとジャンポールは車内の暖房を強めに設定しながら、

「今泊まってらっしゃるお客様へのクリスマスのサプライズプレゼントにするようだよ。」

と言いながら後ろを振り向き、

「ニナ、よく見てごらん。君の占い券がついてるの、気づいたかい?」

と、ぬいぐるみの手に持っているリースの形をしたカードを指して言った。

「あら!本当だわ。これは大忙しになるわね♪」

と嬉しそうに返すと、ジャンポールは笑顔を見せた後、車を発車させた。

ニナは一つのぬいぐるみからリースを取り出し、中を確認した。

「それにしてもこの券よく出来ていているわね。リースのデザインも素敵。」

と言った瞬間、プックがスリングから顔を出し、ニナの持つ券にパクっと噛み付いた。

ニナは慌ててプックの口をむにゅっと掴み、

「だーめ!これはお客様の券なの。はい!カミカミはおしまいね。離しましょう!」

と言って、券を取り上げた。

ジャンポールがミラー越しにチラッと見ると、プックは取り返そうと必死になっていた。

ニナは手を高く挙げて遠ざけ、

「あら、どうしましょう、ここちょっと破れちゃったわ..」

と困った顔で言った。

ジャンポールは運転に集中しながら、

「しょうがない。もう出てしまったし、また当日までに券だけを持っていくよ。」

と言った。

「ごめんなさいね。あまりにも可愛くて、手に取ってしまったの。」

と謝るとジャンポールは笑いながら、

「君のお眼鏡にかなったみたいで何よりだよ。プックにもかな?」

と嬉しそうに返した。

プックは券を諦め、今度はスリングに詰まった自分を覆う布の端を噛んだりしている。

ニナは破れた券をカバンにしまい、プックに持ってきたお気に入りのおもちゃを渡した。

「プック?これは噛んでいいけど他のはだめよ。ちょっとずつ覚えていこうね。そうそうこれは良いのよ!

すごいすごい!良い子ねー!」

と言ってプックの頭を撫でた。プックはおもちゃを噛みながら上目遣いでニナを得意げに見つめた。

窓に目をやると街は色とりどりの星形のイルミネーションで飾られ、

車内から見ているとまるで流れ星のように見えた。

車がゆっくりしたスピードになると、大きなリボンや眩しいほどの飾りが豪華に飾りつけてある、

見事なツリーが目に入った。

ツリーに見とれていると、

「もう着くよ。」

とジャンポールが言い、業者用の駐車スペースに慎重にそして丁寧に停めた。

ジャンポールは運転席から降り、自分で出ようとするニナに人差し指で制止し、

後部座席のドアを開けた。勢い良く目の前にプックが現れ、思わず笑みが溢れプックのまあるい額にキスをした。

ニナはにっこり笑い、プックのスリングを抱きながら車を降りた。

「ありがとう!寒いから先に入ってるわね!」

と言い、プックに冷気が当たらないように自分のマフラーでカバーし、

荷物を運ぶジャンポールよりも急ぎ足でホテルに入っていった。

エトワールホテルはこの地域では唯一のホテルで、この時期は予約が取れるのは奇跡と言われている。

接客も料理も評判で、小さいながらも有名なホテルだ。

エントランスに入ると、クリスマスソングと一緒にサーカス「レ・ビジュー」のポスターが目に入った。

美しいドレと一緒に立派なホワイトタイガーや様々な動物たちの写真が載っていた。

ポスターに見入ってると小さくブー…ブー…と聞こえ、プックに目をやると、安心し切って寝ているようだった。

少し白目がちの寝顔にクスッと笑い、ホテルのカフェスペースへ向かった。

ペットベッドが備え付けられているソファテーブル席に座ると、スリングごとプックをベッドに乗せ、

脱いだコートをプックのそばに置いた。

ニナを知るカフェの店員のサラがすぐにやってきて、

「あらニナ!今日はありがとう!マフィンとってもおいしかったわ!」

と言いながらお水をテーブルに置いた。

「サラ!わぁ嬉しい!こちらこそありがとう。もう食べてくれたのね!

あ、そうそう、あなたに貰った湯たんぽ!今使ってるのよ!」

と言いながら寝ているプックをチラッと見せた!

「きゃー!プックちゃんも一緒だったのね!あれ、ちょっとお眠さんかな。でも

すぐに役に立ってよかった。あ、ちょっと待っててね。」

と言うと、プックのお水も持ってきてくれた。

「今日は夕飯に?それとも待ち合わせに?」

とサラが聞くと、

「ちょっと会いたい人がいて…。あ、あとジャンポールが商品を持ってきたのよ。」

と思わず本音が溢れたが、誤魔化すようにいたずらっぽくウィンクした。

「なあに?もう、なんだか意味ありげ!」

と笑いながらメニューを渡し、

「何かオーダーする?」

と言うと、メモを取り出した。

「じゃあ私はホットティーを。そしてもう一つは星の絵のカプチーノをお願いしようかしら」

とニナはにっこり笑った。

「あら?ジャンポールはブラックコーヒーじゃなくて良いの?」

とサラが聞くと、

「彼は今はオーナーに会いに行くところだから、後でコーヒーをお願いしようかしら?」

と返した。

サラは個数が間違っていると思い、

「二つ注文で良いのよね?」と確認するが、

ニナは「はい!お願いします!」

と嬉しそうに答えた。サラは少し考えた顔をして、ニナのことだから何かあるんだろうと、オーダーを伝えに戻った。

ニナは店内を見渡し、観光客で賑わう様子を眺めていた。エントランスも見渡せるこの席からは、

ジャンポールが商品の入った箱をワゴンに乗せて運んでくる様子が見えた。

ニナに気づいたジャンポールは手を控えめにあげた。ちょうどエレベーターを待っているようだ。

ジャンポール はプックはどこ?と言いたげにこちらを伺っていたが、エレベーターが開き、

またねとジェスチャーをして乗り込んだ。

ニナが口パクで「行ってらっしゃい」と言いながらジャンポールに手を振ると、

入れ替わりに降りてきた綺麗な赤毛にサングラスと帽子が印象的な女性が、

ニナを見てハッとした様子で足早に駆け寄ってきた。

「すみません、先程お電話いただいた情報提供者の方ですか?」

と女性が言うと、

「あら、ごめんなさい。私は違います。」

とニナは返した。

女性は申し訳なさそうに、

「こちらこそすみません。焦っていて間違えてしまいました。」

と言ってサングラスを取り、通り過ぎようとした。ニナは思い切って、

「あの、ドレちゃんの飼い主さんのクロウディアさんですよね。」

とたずねると、

「え、はい、そうですが…」

と戸惑った様子を見せる女性に、ニナは席を立って、

「今は情報はないのですが、もしよかったら、ドレちゃんの捜索を手伝わせてください…!」

と真剣な顔で申し出た。

女性の表情が目に見えて和らぎ、

「わ、ありがとうございます!一人でも多くのかたに探して貰えると本当に助かります!」

と言って今にも泣き出しそうな表情で帽子を脱いだ。

ニナはにっこりすると、向かいの席に座るように促した。

クロウディアさんが座ってすぐ、サラがホットティーとカプチーノを持ってきた。

クロウディアさんは頼んでないというジェスチャーをしようとしたが、

サラはニナに目線を送り、にっこりしながらテーブルに置いた。

「カプチーノで大丈夫だったかしら?」

とニナが言うと、

「良いのですか…?ありがとうございます。」

と驚いた表情のまま言い、星の描かれたカプチーノを一口飲んだ。

それを見たニナは少し安心したような顔をし、

アールグレイの香りを愉しみながらホットティーを一口飲み、本題に入った。

「改めて自己紹介させてくださいね。私はニナ・ブランと言います。

エトワール商店街で小さなおもちゃ屋を主人と営んでいます。

いてもたってもいられなくて、声をかけてしまいました。」

とニナはドキドキしながらいい終わり、クロウディアさんを見つめると、彼女は改まった様子で座り直し、

「あの…私はクロウディアといいます。あ、もうご存知でしたよね。

本当に参ってしまっていて…すみません…とても助かります。」

と言い、携帯を出し写真を見せながら、ことの顛末を話し始めた。

「もうドレが居なくなってから2日経ちます。こんな寒いのに2日間ドレはどこにいて、

ご飯は食べれてるのか、誰とどうしているのか。最悪な想像もしてしまって、本当に心配でたまりません…。」

と話しながらクロウディアさんは携帯画面を見せ、いなくなった時間や場所などのメモ画面をニナに見せた。

「書き写させてくださいね」

とニナは眼鏡と手帳を鞄から取り出した。

眼鏡をかけ、手帳を開いた時、破れた占い券がテーブルに落ちた。

クロウディアさんが券のリースのデザインを見て、

「もうすぐクリスマスなのに…。」

と言いながら手に取ったその瞬間、さっきまで寝ていたプックが目を覚まし、ひょこっと顔を出した。

「まぁ!びっくり!えー!?可愛い!あなたずっとここにいたの?大人しくて気づかなかった!」

と言いながらクロウディアさんは慣れた様子であやし始めた。

ニナは笑いながら

「ごめんなさいね。話に夢中でこの子のこと言うの忘れていました。プックと言います。男の子です。」

と言った。

「プックちゃん初めまして。まだ赤ちゃんね。これが欲しいのかな?」

と言いながらプックを撫で始めた。

「実はそれ商品の一つなのですが、プックがさっき噛んじゃって…。」

と言うとクロウディアさんはすっかり笑顔になり、

「この時期はなんでも噛みたいもんね。プックちゃん。」とプックに笑いかけた。

「クロウディアさん、やっぱり動物と接する感じがなんだか自然で素敵ですね」

とニナが言うと、クロウディアさんは照れながら、

「私は職業柄、たくさんの動物と仕事をしていますが、幼少期からずっと動物が大好きなんです。

よく勘違いされるのですが、仕事仲間でも、もちろん道具でもなく、家族なのです。」

と言うと、プックの背中からお尻にかけてを優しく撫でた。

余程気持ちが良いのか、プックはお腹をむけて甘えている。

「わかります。とっても…。大事な家族で自分の一部すよね。」

とプックを見ながらニナは頷いた。

「だからこそとにかく早く見つけたいですよね。今全てメモさせて貰いますね!」

と言い、携帯に表示された情報を書き写し始めた。

メモによると、いなくなったのは2日前ホテルのレストランで夕食を取り、

部屋に戻った午後8時くらいだそうだ。

その日ドレはサーカスの衣装である、ダイヤの宝石の飾りが付いた青いスカーフをしていたようで、ホテルに戻ってもつけたままだったようだ。

そしてそのスカーフは、翌日の午前10時頃に教会のすぐ近くのパン屋の前に落ちているのを店主が拾い、「落とし物預かっています」の張り紙と共に、スカーフをお店のドアに貼っていたことが分かっている。

スカーフは車で引かれたような跡がついており、拾った時すでに飾り部分は壊れていて、ダイヤは無かったようだ。

ニナはメモを写しつつ、疑問に思ったことを隣のページに箇条書きにしていた。

・ホテルの客室に鍵は?

・飾りのダイヤの価格は?

・ドレは虚勢しているのか?

クロウディアさんはプックをすっかり寝かしつけた後、ニナが書いた疑問欄を見ながら答え始めた。

「ニナさん。部屋の鍵はちゃんとしてありました。ドレが最初いないって思った時、まず疑ったのは、

ドレが自らバルコニーに出てしまったのではということです。」

ニナは頷きながら『鍵はしていた』と疑問欄に書き足してクロウディアさんを見つめた。

クロウディアさんはニナのペンの動きを見つめながら詳細を話した。

「バルコニーの窓に取り付けられてるペットドアのロックがはずれていて、

あの時ドレは自分で出られたんだと思います。前日バルコニーにある点滅するイルミネーションを、

目をキラキラさせてみていましたし…」

と不安そうに話した。

ニナは『自分で出た?』と書き足し、

「それは怖いですね。何階のお部屋ですか?」

と聞くと、

クロウディアさんは暗い顔をして

「3階です。3階の315号室です。もしかしたら落ちてしまったのではないかと思って、

ライトで照らしながらホテルの裏も探しに行きましたが、何もありませんでした。」

と声を落としながら言った。

「でもスカーフは見つかっているんですものね。」

とニナが言うと、

「はい、ダイヤ自体は300ドルくらいです。それを目当てに誘拐する値段ではないと思うのですが…。」

と言うと、当日のショーの写真のスカーフをニナに見せた。

「これは遠くからではダイヤがついてることもわかりにくいですね。」

とニナは右手でこめかみを抑えながら、

「もう一つの疑問で、ドレさんは男の子ですよね?」と聞くと、

「はい、よくわかりましたね!!女の子とよく間違われるのですが、男の子です。虚勢もしています。」

とクロウディアさんは最後の疑問にも答えた。

「じゃあスター猫の血統を狙って…と言うこともなさそうですね。なるほどなるほど…。」

と言うと、ニナはしばらく考えた。

「何か情報が有ればいいのですが…スカーフ以外全くなくて…。先程電話があったのですが、

新しい情報だといいなと思っています。」

とクロウディアさんはため息をつき、その風で券がスーッとテーブルを滑った。

寝かけていたプックが飛び起き、券を見ている。

「あら!今ので起きたの?君はこれが本当に大好きなんだ!」

と少し笑いながらプックをあやしていると、

手に取った券が開き『占い一回無料』の文字が見えた。

「あら、文字が、…占い?」

とクロウディアさんが言うと、

「あらそうね!まぁプックそういうことね。そうそう!占いだわ!今占いましょうか?」

とニナは明るい声で答えた。

「え!ニナさんがされるんですか?」

とクロウディアさんがキョトンとして聞くと、

「私ったらすっかり忘れてました。その券は時々おまけでつけているんです。

私、実は探し物の占いが得意なんですよ!」

と笑顔で言った。

クロウディアさんはプックを見て、券を確認し、そして再びニナを見つめると、

「私は占いとか初めてですが、もうこの際なんでもやってみたいです!

是非占っていただけますか?あの、私は何をすればいいのですか?」

と言い、ニナに券を渡した。

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