第一話「マルフェット通りの一大イベント」

 12月23日を迎えたこのマルフェット通りは、今まさに大忙しのお祭り状態だ。

普段は落ち着いているこの小さな商店街も、クリスマス時期になると、

たくさんの旅行者で溢れている。

実はこのマルフェット通りには「虹色の泉」と呼ばれる

クリスマスの当日だけ開放される名所があるのだ。

その泉は街の中心部であるデローズ教会のバラ園の中にあり、

動物が命を全うした後その子の魂が帰っていき、

やがてまたその子を迎えられる縁を貰える場所として、

古くからこの街に伝わり、今では世界中で知られるようになった。

虹色の泉は普段は枯れており、クリスマスの当日のみ、

特別に水が流れるようになっている。

訪問者はその水を汲み、思い思いの容器に入れ、

その子がまた生まれ変わった時に、

自分のところに帰ってくるための目印になる「呼び水」になるように

家に飾るのだ。

今年も動物の家族を失った人々がたくさん訪れていて、

25日の泉の水が流れてくることを今か今かと待ちわびているようだ。

困ったことに、有名になればなるほど宿泊施設が足りなくなり、

最近ではマルフェット通りの住民の家に泊まる観光客も増えている。

ジャンポールのお店があるエトワール商店街は、

デローズ教会へ続く一本道の玄関のような役割をしていて、

入り口には大きな掲示板が立っている。

普段は行列のできるパン屋さんの新しいメニューや、

ブティックのセール情報、旬の野菜やフルーツの売り出し情報などが載っている。

そして街一番のビッグニュースや緊急情報などは、とりわけ目立つ掲示板の中央に貼られるのだ。

今朝更新された掲示板には、毎年賑わうクリスマスマーケットの情報や人気のブティックのクリスマスセールの情報よりも大きく、

『祝!ジャンポール トイショップが看板犬を迎える』の文字が

風船の絵やプックの似顔絵とともに踊っていた。

マルフェット通りの住人はめでたい事が大好きで、

プレゼントを持ちより、みんなでお祝いをする習慣が根付いてる。

その中でも特に商店街の人たちは絆が強く、

先月は花屋に待望の長男が産まれたことが貼られ、

これを見た仲間たちは、こぞってベビー用品を贈ったのだった。

今日のブラン家は朝から甘くていい香りが漂っていた。

掲示板にプックのことが載ったことを聞き、

ニナがこれから来るであろうお祝いラッシュに備えて、

お礼のマフィンを焼いていたのだ。

一方ジャンポールはプックを迎えてから、何をしていても、

この小さな天使に気をとられている。

朝のルーティンである新聞を読むことも忘れて、

プックの朝ごはんを付きっきりで見守っていたのだ。

ニナがテーブルに置いた手付かずのパンに目をやりクスッと笑うと、

それに気がついたジャンポールは、お腹を出しながら寝るプックに

布をかけてやり、いそいそと食卓についた。

パンにブルーベリージャムを塗り、頬張りながら新聞に目をやると、

気になっていたスター猫の誘拐の続報が目に飛び込んできた。

記事によると、その猫はドレという名前で、黄金に輝く毛並と高貴な顔立ちで、

煌びやかな衣装を身に纏い、優雅に綱を渡ることで人気を博しているようだ。

大の動物好きが世界中から集まるこのマルフェット通りでは、

地元の新聞に動物関連の話題が一面を飾ることが多く、

幼少期をここで過ごしたジャンポールも紙面に載った

美しいドレの写真に見入っていた。

「ニナ、こんなに愛らしい猫がさらわれたようだよ。可哀想に。」

と新聞を見せながら話しかけると、

「まあ、誘拐?なんてひどい!猫ちゃん?」

と返しながらも、マフィンを焼くオーブンの音で聞こえにくそうにしていた。

ジャンポールは眼鏡を専用の布で念入りに磨き直し、

「いいかい?読むからね。」

と言うとコーヒーを飲み、ゴホンと声を整え大きな声で読み始めた。

「世界を旅する人気サーカス団として有名な『レ・ビジュー』のスター猫、

ドレが日曜の夜に何者かによってさらわれたようだ。

ドレはマルフェット通りにあるエトワールホテルの一室に

座長のクロウディアさんと泊まっていた。」

「あらご近所だわ!」

と思わず反応したニナに頷くポーズを見せ音読を続けた。

「ドレは昨夜ダイヤがついた青色のスカーフを巻いており、

今朝デローズ教会の前でそのスカーフと思われるものが発見された。」

「あら!司祭さまのデローズ教会?そう、スカーフが….」

と反応すると、

ジャンポールはニナの声に被せるように読みすすめた。

「クロウディアさんは現在憔悴しきっており、

予定していた全ての公演を中止し、有力な情報に報奨金を出し、

ドレが戻ってくるまでこのマルフェット通りにあるホテルに滞在する予定だ」

ジャンポールは読み終えて、どうだい?と言わんばかりにキッチンを見たが、

ニナは手を止めて掲載されている写真を覗き込みに側に来ていた。

「まぁ本当に美しい子。こんなに可愛い子が…」

とニナが言うとジャンポールは深く頷きながら紙面のドレの写真を切り取り始めた。

「ニナ、人事じゃないね。プックがさらわれたらと思うと、

いてもたってもいられないよ。」

「そうね。クロウディアさん本当にお辛いでしょうね。

何か私たちにできることがあれば良いのだけれど…」

と言いながら深刻な顔でキッチンに戻っていった。

この地域にサーカス団が来るのは実に10年ぶりのことで、

この公演を楽しみにしていたジャンポールは、

ニナを喜ばせようと内緒でチケットを購入していたこともあり、

切り取った写真を見ながら、深いため息をついた。

マフィンが焼き上がる頃、ジャンポールはお店の開店準備を始めた。

プックはかけられた布をいつの間にか下敷きにし、

いびきをかきながら寝ていた。

ジャンポールはお店のドアにかかっている開店プレートをひっくり返すために

外に出た。遠くにうっすら見えるエトワールホテルに想いを馳せ、

ポケットに入れたドレの写真の切り抜きを触り、周りを見渡したが、

いつもと変わらない街並みに首を振り、

白い息を吐きながらプレートをOPENにしてお店に戻った。

お昼を過ぎた頃、ブラン家には続々とプレゼントを持った住人が訪れ始めた。

ニナは焼いたマフィンを渡しながらプックを紹介していた。

注目を集めていると知ってか、プックも起きて人懐こく寄っては

可愛がられていた。

午後になるとお祝いラッシュも落ち着き、

マフィンも残りわずかになった。

プックもすっかり疲れたのか、

今朝ジャンポールがかけた布の上に再び寝始めた。

ニナも一息つこうとソファに腰をかけたところ、

ドアをノックする音が聞こえた。

ニナはよいしょと勢いをつけて立ち、

マフィンの袋を持ちながらドアを開けた。

「遅くなってすみません。噂の小さな天使はどこかな?」

とデローズ教会の司祭がお祝いの贈り物として、

この時期は特に人気のあるクリスマス限定デザインのベルを持ちながら、笑顔で立っていた。

「まあ!司祭さま!いらしてくださったのですね!」

ニナは感激した様子で招き入れると、

寝ぼけた顔をしてこっちを見ているプックを紹介した。

司祭はプックの頭を優しく撫で目を細めながら

「初めまして。君がプックちゃんだね。ようこそマルフェットのお里に。

きてくれてありがとう。」

というとプックを抱き上げた。

身体をなにか祈るように大事そうに撫でながら、

「おや、首の後ろに十字のような模様があるね。」

というと

「そうなのです。司祭さま、わたしはこの模様が

とっても気に入ってるんです。」

とニナは答えた。

司祭は十字模様をなぞりながら、

「この子の誕生日はいつかな?」

とニナに聞くと、

「10月29日です。まだ本当はお母さんと一緒にいなくてはいけない月齢なのですが、お母さんはお産の時に…」

とニナが説明すると、司祭はハッとした表情を浮かべた後ゆっくり頷き、

「そうかそうか、君はもしかすると….あの子の生まれ変わりかな?これは楽しみだ。」

というとプックの顔をじっと見つめた後、ギュッと抱きしめた。

ニナがその様子を感激しながら見守っていると、

「クリスマスはこの子も一緒に泉に来てくれるかな?」

と言い、司祭はニナにウィンクをした。

ニナも感づいた様子で

「もちろんです!」

と笑顔で返した。

プックは二人の顔を交互に首を傾げながら見ていたが、

心地よいのか司祭に抱っこされながら寝始めた。

「そうか眠いか。今日は疲れただろうし、ゆっくりお休み」

と司祭はプックをソファにそっと乗せた。

ニナはお礼を言いマフィンを渡した。

ドアを開けて帰ろうとした司祭を呼びとめ、

「あの、長生きするでしょうか?」

と思わず大きな声で聞くと、少し驚いた様子で振り返った司祭は

「大事に大事にみんなで育てていきましょう。

ニナあなたもこれから忙しくなりますよ。」

と言い、マフィンの袋を顔の前に持ち上げて、

にっこりすると大事そうに抱えて帰っていった。

ニナはジャンポールに知らせようとお店と自宅を繋ぐドアを開けようとすると、

ジャンポールがタイミングよく入ってきた。

「今司祭さまがいらしたの!」

と弾んだ声でいうと、

「ああ、ジョセフ叔父さんもう帰ってしまったか。」

と残念そうに言った。

実は司祭はジャンポールの父親の4人兄弟の末っ子で、

幼い頃からよく遊んでもらった仲だ。

ジャンポールの父親はもう他界しているが、

末っ子のジョセフはまだまだ元気で教会を受け継ぎ守っている。

ジャンポールがこの街に戻った時、

一番に迎えにきてくれたのもジョセフ司祭だった。

聡明で努力家、そしていつも気にかけてくれる優しいジョセフを、

ニナは尊敬の念を込めて敢えて司祭さまと呼んでいる。

ジャンポールはジョセフが教会に着く頃に電話をいれ、

貰ったベルのお礼とプックの自慢話をしていた。

今日はクリスマスの二日前ということもあり客足も絶えず、

電話の途中で団体の客が来たので、「それじゃあまたクリスマスに」

と言って電話を切り、お店に戻って行った。

ニナは司祭に貰った『お迎えのベル』という教会で作っている特別なベルを

玄関の入り口にリースと一緒に飾った。

夜には例のエトワールホテルにおもちゃを届けにいく予定があり、

ニナはもしものために最後の余ったマフィンを鞄に入れた。