第七話「小さなお客様」

家に着いたニナたちは、暖炉をつけてしばらく体を温めていた。

プックは寝るかと思いきや、元気におもちゃを咥えて走り回っていた。

「プックは本当に元気だなぁ。あ、お店の貼り紙を取ってこないとだ。

今日は取り敢えず、作業をしながら8時までお店を開けておくかな。」

とジャンポールが言って立つと、プックはおもちゃを足元にポトッと落とし、

遊んで欲しいと上目遣いで見つめた。

ニナはそれを見て

「プック!私が遊んであげるからパパはお仕事に行かせてあげて。」

と言うと、プックはしばらくニナを見たが、

もう一度おもちゃを咥えてポトッとジャンポールの足元に落とした。

ジャンポールはその様子を見て笑うと、プックを愛しそうに抱っこした。

「わかったよ。ペットゲートを持って行くから、一緒にお店に行こうか。

ニナ、ここのドアを開けておいておくれ。

自由にお坊っちゃんが通れるようにね。」

と言うと、ゲートを持ってお店の方に向かった。

「ふふ、了解!もしあまりにもいたずらするなら、言ってね!連行するから!」

と言ってドアを固定した。

自宅と作業場は通路で繋がっており、双方のドアを開けていれば、

いつでも居間に戻れるようになっている。

防犯対策として通路へのドアには鍵が付いているが、

マルフェットの街の治安の良さから、

ここのドアの鍵は旅行の時以外は殆どかけたことがなかった。

ジャンポールトイショップは、

職人が作っている様子も見られるお店として有名で、

レジカウンターのすぐ奥が作業場になっており、

客が商品を選んでいる間も、座りながら製作が出来るようになっている。

ぬいぐるみをカスタムオーダーした客が、

ジャンポールの作業を見守るために覗いて行くこともよくある光景だ。

ジャンポールはプックを腕に抱っこしたまま、

唯一作業場とお店を行き来できる、レジカウンターの横の通路にゲートを置き、

プックを作業場のソファにおろした。プックはかりかりとソファを手でかき、

納得がいく硬さになるとそこに座った。

お店と作業場の冷暖房は自宅から操作できるようになっており、

ニナがつけたのか丁度良い暖かさになっていた。

窓の多い作業場は足元がどうしても冷えるので、

ジャンポールは電気カーペットを好んで使っている。

「プックや、今カーペットをつけたから、降りてくるといいよ。」

と言うと、プックは首を傾げて聞いている。

ここにはミニキッチンも備え付けてあり、ぬいぐるみの毛を染めたり、

接着剤や塗料で汚れた手を洗えるようになっていて、

大好きなコーヒーをいれるにも便利だ。

ジャンポールはプック用のお水を深いお皿に汲むと、

カーペットから少し離れた床に置いた。

通りの窓に面した大きなデスクの前に座ると、

プックが噛んだクリスマスカードを新しく作り始めた。

ふと窓の外を見ると、家族連れがこちらを見ていた。

「ああ、そうだった。貼り紙をとっていなかったね。」

と言って、ジャンポールが店の外に出ようとすると、

プックはゲートの前まで追いかけて、ぴょんぴょんとジャンプした。

「そこで待っていなさい。すぐに戻るからね。」と言うと、ドアを開けた。

「あ!開いた!こんばんは!お店やっていますか!?」

とグレーのコートにブラウンのハットを被った紳士風の男性と、

黒のコートに白いファーの帽子を被った女性が話しかけてきた。

ジャンポールは少し驚いたが、

「こんばんは。まだ少し開けていますので、どうぞ。」

と言うとドアを大きく開け、迎え入れた。

すると二人の後ろからピンクのダッフルコートを着て、耳当てをした、

金髪の巻毛が印象的な少女が

「やったぁ!ここ、通った時から見てみたかったの!」

とスキップをしながら入ってきた。

「エマ!お行儀良くね!また咳が出ちゃうから。」

と母親が言うと、口をすぼめて仕方なく

「はーい。」と言いながらお店を見て回っている。

ゲートでぴょんぴょんしているプックは

今にも飛び出しそうにピーピー言っていると、

エマが気付き覗き込んだ。

「ママ!パパ!見て!ここに小さなルーシーがいるよ!」

と言うと商品を手に取って見ていた夫婦が、ゲートの方に見に来た。

「あら!こんなところに可愛い子が居たのね!まだ赤ちゃんのルーシーね!」

と母親が言うと、

「はは、こりゃ可愛いな。小さい頃を思い出すよ。」

と父親もにっこり笑った。

「ねえ触ってもいい?」

とエマがジャンポールを見て言うと、

ジャンポールは微笑みながら、

「どうぞ、プックも喜びますよ。」

と言ってプックを抱き上げた。

「わぁ!ちっちゃいルーシー!お目目が可愛いね!」

と慣れた手つきで撫でると、母親も触りながら、

「すみません、同じフレンチブルドッグを飼っていたので、

同じ犬種を見たら、ルーシーって名前で呼んじゃうんです。」

と言うと、ジャンポールは

「そうなんですね。

ルーシーちゃんに似ているのかな?」

と笑顔で返すと、父親も後ろからやってきて、

「この子は男の子かな?」と言って口元を触った。

「ああ、このぷにぷにの柔らかい感じ、懐かしいよ。」

と言うと、ジャンポールは背の高い男性によく見えるように、

プックを少し高く抱き上げ、

「この子は男の子でプックと言います。抱っこしますか?」と言うと、

男性は嬉しそうな表情を浮かべ、優しく手を伸ばし、

包み込むように抱っこした。

プックは腕の中で上目遣いをしてじっと男性を見つめている。

「ありがとうございます!プックくん!足が筋肉質で立派だね。

この眼差し、思い出すよ。ルーシーにますます会いたくなったな。」

と言うとプックをギュッとした。

「ねえ、見せて見せて!私も抱っこしたい!」

とエマが言うと、

「気をつけて抱っこするんだよ。」と言ってエマに慎重に渡した。

エマはプックを大事そうに抱えると、

「あったか〜い!」と笑った。

ジャンポールは笑顔で見ていると、

「エマ、ほどほどにして、プックちゃんを解放してあげてね。

あなたもあまり無理すると、熱が出ちゃうからね。」と母親が言うと、

エマは「うん、わかった。プックちゃんまたね。」と言い、

プックの頭におでこをつけると、プックは上を向いてペロっと舐めた。

「きゃ!くすぐったい!」と笑うと、

離したくないとギュッと強く抱いていたが、

しぶしぶジャンポールに渡した。

ジャンポールはエマに「遊んでくれてありがとう。」と微笑むと、

プックを撫でながら作業場に連れて行った。

プックはカーペットに座り手を舐めた後、

置いてあるお水を豪快な音を立てて飲んだ。

店内を見ている夫婦はガラスケースの中にある、

ジャンポール渾身のオートクチュールのテディベアや、

ファッションドールに見入っていた。

どちらもレースをあしらったベロア製のポシェットをつけていて、

虹の泉の小瓶を入れられるようになっている。

「あなた、このドール素敵ね。目がすごく印象的。

この深いブルーのお洋服も細かい装飾が見事だわ。

ほら、ポシェットも所々宝石がついてるし、小瓶もこんなに凝ってて、

まるで香水瓶みたい。」

と言うと、男性は腕を組みながらケースの中をじっと見つめた。

「うん、これは素晴らしい。細かい仕事がされているし、

見入ってしまうね。マニアの君にはたまらないだろう。

エマ、こっちに来てエマも見てご覧。」

と言うと、オルゴールに夢中になっていたエマは振り向き、

急いで駆けつけるとケースを覗き込んだ。

「高いところにあってよく見えな〜い!」

と言うと、男性がエマを抱っこして一緒に覗き込んだ。

「わぁ素敵!この子はプリンセスね!ティアラをしていて、

宝石のついてる瓶を持ってるもの!」

と言うとケースに近づこうとして、ガタッとガラスケースが揺れる音がした。

「ごめんなさい。よく見ようとしたら押しちゃったの。」

とエマが言うと、父親はエマを見つめて、

「気をつけて。プリンセスが驚いちゃうよ。」

と言ってエマをおろした。

エマは開けた口を手で覆って驚いた顔を作って見せると、

父親も真似て同じ表情をした。

母親は思わず笑うと、再びガラスケースを覗き込み、

「見せてもらう?」

と言ってジャンポールの姿を探した。

ジャンポールは店内にいる客には、話しかけられるまでは、

邪魔をしないで自由に見てもらう事をモットーにしている。

そのため、レジカウンターには『職人が作業中でも、

ご入用の際は遠慮せずに、話しかけてください。』の札が立っていた。

カード作りを再開していたジャンポールは、

紙を切る作業がひと段落したので、店内に目をやると、

母親と目があった。女性はこちらに来ると、

「あの、ガラスケースの中の子を見せて貰ってもいいですか?」と聞いた。

「勿論です。こちらに台があるので、今持ってきますね。」と言うと、

鍵を取り出しガラスケースに向かった。

ジャンポールはケースを開けると、

「どちらの子を見ますか?」

と言うと、エマは目を輝かせながら、

「全部!」と言った。

ジャンポールはにっこり笑うと、ケースに入っている3体のテディベアと、

1体のドールを取り出し、「こちらへ。」

と言ってレジカウンターに案内した。

待っていた母親がキラキラした顔で迎えると、

備えつけてある、ライト付きの木製の回転台にドールスタンドを乗せた。

カウンターには回転台が2つあり、一方にはドール、

もう一方にはテディベアを乗せ、

残りの2体のテディベアは“セレクトスペース”と書いてある棚に入れた。

両親は今まで見たことのない、背景が様々な色や壁紙で仕切られた棚や、

ゆっくりと商品が回る回転台にも見入っていて、感動している様子だ。

「どうぞ、自由に見てください。ここに置きますが、持っても大丈夫ですよ。」

と言うと、母親は瞳を輝かせ、

「ありがとうございます!」と弾んだ声で答えた。

エマが背伸びをして見ようとしていると、

ジャンポールが椅子を持ってきて、エマに手招きをした。

「さあ、これでよく見えるかな。」

と言って椅子に座らせると、エマの表情は一段と明るくなった。

「うん!見えた!こんにちはプリンセス!あなたのお名前は?」

と言うと、回転するドールを見つめた。

ジャンポールはレジカウンターの中に戻ると、

「この子は名前はついていないのだけれど、

オリヴィアと言う型で作っているんだよ。」

と答えた。

「プリンセス・オリヴィア、あなたの宝石の瓶を少し借りても良いかしら?」

と言って、ポシェットから小瓶を抜き、手に取った。

母親がうっとりとした顔でドールを持つと、

細部までこだわった丁寧な作りに感心していた。

父親はもう一つの台からテディベアを手に取ると、

「この子の毛色は珍しいですね。ペールオレンジ?ピンク?

独特の色で深みがありますね。」

と言い、光に当てて色合いを確認した。

ジャンポールは頷くと、

「それは天然の染料を色々混ぜて染めているのですが、

たまたま新しい色が出て、ピンクベージュのような色合いになったんです。」

と言うと、作業場から染めた素材を持ってきた。

「これがこんな作品になるなんて、いやあ凄い技術ですね。」

と言うと、台に戻し様々な角度から見ている。

ジャンポールは少し照れながら、

「ありがとうございます」

と言って微笑んだ。

横でドールをエマと夢中になって見ていた母親は、こちらを見ると、

「その色私も気になってたんです。ドールやテディベアを集めていて、

たくさん持っているのですが、この色は初めてで、

でもこのドールも素敵で、目移りしちゃいます!」

と言うと、テディベアも持ちながら細かい仕上がりに感心している。

エマは小瓶を気に入ったようで、回しながら見たり、

椅子から降りて鏡に小瓶と自分を映して見たりと、夢中になっている。

「ママはぬいぐるみの部屋も持ってるの!

家にもたくさん飾られてるんだよ!」

とジャンポールに向かって言うと、

小瓶を持ったまま店内を歩き始めた。父親はその様子を見ると、

「落としたらプリンセスが泣いちゃうから、慎重に持ってるんだよ。」

言い、エマについて行った。

母親はジャンポールを見つめると、

「ジャンポールさんは素晴らしい職人さんですね。

感動しちゃいました!私この子をお迎えしたいです!

もう一目惚れです!」

と言うと、ジャンポールは残りのテディベアを台に乗せていたテディベアと入れ替えると、

「愛好家の方にそう言って頂けるのは、作家冥利につきますよ。

集めて長いのですか?」

と聞いた。

母親は頷くと、小さな声で

「実はエマは病気がちで入院することが多いのですが、

寂しくないように病室にたくさんぬいぐるみやお人形を置いていたんです。

選ぶたびに思い入れもあって、お恥ずかしいのですが、

今では私の方がすっかりはまってしまっています…。」

とジャンポールにだけ聞こえるように言った。

「そうですか。お嬢さんとても明るくて可愛らしい子ですね。

まだ小さいのに、頑張っているのですね。」

と言うと、父親と嬉しそうにおもちゃを選ぶエマを見た。

母親はカウンターから見えるプックに目をやると、

「どうしても虹の泉に来たくて、この旅を目標に心待ちにしてきたんです。

ここに来てからは調子も良くて安心しています。

つい心配で叱っちゃうことが多くて、時々自己嫌悪です…。

優しい母親になりたいのに…。」

と言うと、ドールを台に戻し、新しく置かれたテディベアを持った。

「心配するのは当然のことですよ。きっとエマちゃんも、

大事だから言っているんだと気づいていますよ。

それに、ぬいぐるみやドールは『愛でるもの』ですからね。

ひたすら愛を注ぎ込むじゃないですか。愛好家には優しい方が多いですし、

あなたのその持ち方でお人柄がわかりますよ。」

と言って微笑んだ。

「やだ、どうしよう。何だか泣きそうになっちゃいました。

ありがとうございます。」

と言うと、テディベアをそっと抱きしめた。

ジャンポールはにっこり笑うと、棚から残りの一つを持ってきて、

「こちらも見ますか?」

と聞いた。

「ああ、どの子もいいですね。全部欲しくなっちゃいます!

お洋服がまた凝ってるし!小瓶も素敵!ドール決めました!

あとはテディをどれにしようかな。」

と言うと、並べて悩んでいた。

「その小瓶は友人の商品なんですよ。

ラナンキュラスと言うコスメショップの商品で、この時期に買って、

虹の泉の入れ物として、人形にもつけているんです。」

と言うと、商店街のパンフレットを取り出して丸を書いた。

「わぁきっと素敵なお店なんでしょうね。

行ってみます!」と言ってパンフレットを受け取った。

「そうだ、そこにはルーシーちゃんと同じ、

フレンチブルドッグの女の子のモモちゃんがいますよ。

お嬢さん喜ぶかもしれないですね。」

と言うと、

「そうなのですね!それは楽しみです!

内緒にしてびっくりさせようかな」

と微笑んだ。

「なにが内緒なの?まさか全部買ったことを内緒にしたとか!?」

と後ろから父親が笑いながら言うと、

エマも興奮気味に

「ママ!どれを買ったの!?プリンセスは連れて帰るでしょ!?」

と言ってワクワクした様子で見ている。

「あのねプリンセスはうちの子に迎えます!

そして、テディちゃんを迷ってるの。」

と言うと、父親は間髪入れず、

「このピンクベージュの子!」

と指をさした。

母親が驚いた顔をしながら、

「あなたが決めるなんて珍しい!びっくりしたんだけど!」

と言いながらピンクベージュのテディベアを持った。

「僕も君が集めてるお陰で目が肥えてきたんだよ。この子にしよう!」

と言うと、エマが大きな声で

「やったー!!」

と叫んだ。

ジャンポールは微笑みながら

「ありがとうございます。今包みますね。

専用の箱に入れますので、少しお待ちください。」と言うと、

手際良く箱を作り始めた。

一家は笑顔でどこに飾るかなどを話していると、エマがジャンポールに

「この瓶プリンセスに返さなきゃ!」と言って渡した。

「ありがとう。一緒に入れておくね。」

と言って割れないように緩衝材で包んだ。

エマは作業を見ながら

「小さなルーシー、寝ちゃった?」と奥を覗き込むと、

「そうみたいだね。あったかいから気持ちよくて寝ちゃったかな。」

と作業場を振り返って答えた。

「エマね、ルーシーの形のぬいぐるみが欲しい!

小さくてカバンかポケットに入るのがいいな!」

と言うと、両親は焦って、

「すみません、いきなり変なことを言って…。」と口を揃えて言った。

ジャンポールはハッとして顔を上げると、

「実は試作品があるんですよ。キーホルダーなんですけどね」

と言って作業場からフレンチブルドック型のぬいぐるみキーホルダーを取り出した。

プックはキーホルダーについている鈴の音で起き、

ぬいぐるみを追いかけるかのように、カウンターまで走って来た。

「あ!かわいい!これ赤ちゃんルーシーだ!」

と言ってキーホルダーを受け取ると、

「ママパパ、エマこれが欲しい!」

と言って上目遣いでねだった。

両親はジャンポールを見ると、

「売っていただけるのですか?」

と聞いた。

ジャンポールはキーホルダーに夢中になって、

ジャンプしているプックを抱っこすると、

「これは試作品なので、残念ながらお渡しできないのですが、

明日なら作って渡すことができます。レザー生地は何色がいいですか?」

と言いながら生地見本を見せようとした時、

「ピンク!!」

とエマが元気よく言った。

「ピンクだね。この色でいいかな?」

とジャンポールエがサンプル生地を見せると、

「うん!その色好き!」

と言うと、パタパタと再び店内のおもちゃを見始めた。

「こんな忙しい時期に急なオーダーを入れてしまってすみません。」

と謝る父親にジャンポールは微笑むと、

「大丈夫ですよ。気に入ってもらえて試作品を作った甲斐がありました。」

と言い、プックをおろした。カウンターにある卓上カレンダーを見ると、

明日は毎年イヴの日恒例のフィリップとコーヒーショップに行く約束が

午後1時に入っている。

「もし大丈夫でしたら、明日の午後以降に来ていただけますか?

午前中に作っておきますから。」

と言うと、オーダー用の予約引換券を渡した。

父親は受け取ると、

「ありがとうございます。素敵なイヴになりそうです。」

と微笑んだ。エマがキーホルダーを持ったまま、

店内を一周しカウンターに戻ると、

「この子返すね!」

と言って台においた。待っていましたと言わんばかりに、

プックがジャンプしながらピーピー言うと、

「すごいルーシー!ぴょんぴょん!」

と言って喜ぶと、

「はは、どうやらプックにはこれがおもちゃに見えるようだね。」

と言い、エマを見ながら親指と人差し指をくっつけて、

口の前でファスナーを閉じる動きをし、

プックに見えないようにキーホルダーをしまった。

プックはキョトンとこちらを見てると、

エマがプックの方を見て、

「消えちゃった!エマは知らないよ!」

と言ってとぼけてみせた。

父親とジャンポールが笑うと、

「なになに?どうしたの?」と店内を見ていた母親が微笑みながら戻ってきた。

エマは母親に抱きつくと、

「あのね、あそこのルーシーに秘密なんだけどね。」

と耳元で内緒話をした。

ジャンポールはぬいぐるみの梱包を再び始めると、プックがかりかりと膝をかいてきた。

抱っこして欲しいのか一度構ってもやめず、

「ああプック、さては眠くて駄々こねてるな。」

と小さな声でプックに言うと、内線電話をかけた。

ニナがすぐに出たが、なにも言わない間に

「はいはい連行ね!」

と明るい声で言うとプツッと切れた。

一家は再び店内を見て回り、ドールやテディベアの服のコーナーにいた。

作業場のドアが開くと、

「はいはい、やんちゃさん連れて帰りま〜す。」

と言いながらニナが入ってきた。ジャンポールはクスッと笑いながらプックを渡すと、

「ありがとう。プック眠いみたいで、

抱っこもして欲しいみたいだから呼んだんだよ。

商品を渡したら今日は終わりだから、閉めたら戻るよ。」

と言って、梱包を再開した。

ニナは頷き、プックを撫でながら作業を見つめていると、

「まぁ!そのドールお家が決まったのね!」とにっこり笑った。

「君の作ったビーズ刺繍と入れておいたポシェットの小瓶も

決め手だったようだよ。あとこのピンクベージュのテディベアもね。」

と微笑むと、包装した箱に仕上げの赤いベロアリボンをつけている。

「一緒に?すごい!実はね。お洋服もお揃いの刺繍をしたから、

ペアで飾られたらいいなって思ってたの。嬉しいなぁ。」

と言うと、洋服選びに夢中になっている一家を嬉しそうに見つめた。

するとエマがこちらに気づき、

「あ、ルーシー!どっか行くのね!」

と駆け寄ってきた。

「こんばんは!ルーシー?ちゃんはおネムだから家に戻るところなんだ。」

とニナが言うと、

「バイバイの前に撫でていーい?」

と言って、ニナを見つめた。

ニナはにっこりしてかがむと、エマはプックを優しく撫でた。

「また明日ね!ルーシー!」

と言うと、両親がその後ろ姿を愛しそうに見つめながらやってきた。

母親の目はエマと同じようにキラキラしていて、

カウンターに洋服を置く仕草も弾むように見えた。

「どの洋服も可愛くて、もう凄く迷っちゃいました!」

と目を輝かせて言う母親に、ニナの顔がパッと明るくなり、

「わぁ!こんなに!気に入っていただけて嬉しいです!」

とプックの手をふりふりさせて言った。

ニナに気づいた母親が

「こんばんは!素敵なお店ですね!」

と挨拶すると、父親がカウンターにある洋服を手に取り、

「こんばんは!この洋服はオリジナルなんですか?」

と聞くと、

「はい!洋服は私、本体とカバンや帽子などの小物は主人が作っています!」

と答えると、ジャンポールはにこっと頷いた。

「それは素晴らしい!ご夫婦で職人なのですね!」

と父親が言うと、ニナとジャンポールは照れ笑いをした。

ジャンポールは包装し終わった箱を大きな紙袋に詰めると、

「たくさんお買い上げいただいて、ありがとうございます。

この洋服もギフト包装にしますか?」

と言うと、

母親がカウンターにあるリボンで絞るタイプのギフトバッグを指さして、

「あの水色に白のリボンのギフトバッグに全部入れていただくことはできますか?」

と聞いた。

「もちろんです。それではこの中に洋服の分のハンガーも入れておきますね。」

とオリジナルのワイヤーで作った、

ビーズが首部分につけてあるハンガーをいれた。

「もう私、ここの細かい部分まで凝ってる作品のファンになっちゃいました!」

とうっとりした顔で言った。

「ありがとうございます。」

とジャンポールは顔を少し赤らめて言うと、

ニナは満面の笑みを浮かべた。

エマもウキウキしながら梱包の様子を見ていると、

父親がエマの肩に手を置き、

「楽しい旅行になったね。」

とウィンクをした。

「うん!」

とエマは笑顔で答えると、父親と手を繋いだ。

「出来上がりました。お会計はこちらで。」

とジャンポールがレジで金額を打っていると、

母親がクレジットカードを出した。

「あれ?僕が払うよ?」

と父親が言うと、

「あなたが初めて気に入って選んだテディベア、

私が払わなきゃと思ったの!」

と言ってにっこりした。

父親は少し照れたように、

「はは!ありがとう。あとで高くつかないかな?」

と茶化して笑った。

会計がすみ、大きな紙袋を母親に渡すと、

「ありがとうございます。それでは、また明日ですね。」

とジャンポールが言うと、

「はい、また明日です!」

と母親が笑顔で答えた。

ニナはプックをジャンポールに渡すと、ドアを開けた。

母親は大事そうに袋を抱っこするように出ていった。

父親とエマは、繋いだ手をぶらんぶらんとスイングさせながら嬉しそうに続いた。

ニナは少し後ろ姿を見送ると、かけ看板をクローズに裏返し、ドアを閉めた。

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